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福岡地方裁判所 昭和43年(タ)29号 判決 1970年6月19日

原告 山田富子

右訴訟代理人弁護士 森静雄

被告 山田晴久

右訴訟代理人弁護士 原口酉男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金三〇〇万円を支払え。」との判決を求め、その請求の原因として、

一1  被告は、分離前の相被告山田紀夫(長男。以下単に山田紀夫という。)の父である。

2  ところで、原告と山田紀夫は、昭和四二年七月ごろ、見合いをしたうえ、同年一〇月一二日、結婚式を挙げ、同年一一月二日には、その婚姻の届出をして、福岡市那の川二丁目九街区二二号高木ビル内の那の川アパートに同居しながら、夫婦生活を営んでいた。

3  ちなみに、被告は、右高木ビル内にその事務所をおく訴外大輝興産株式会社の代表取締役であり、山田紀夫は、同訴外会社の専務取締役であった。

4(一)  ところが、山田紀夫は、昭和四三年一月三一日郵便局日付印の書信で、一時佐賀市鬼丸町のその実家に立ち戻っていた原告に対し、原告と離婚をする旨申し送ってきたまま行方をくらまし、その所在は、いまだに、ようとして不明である。

(二)  これは、民法第七七〇条第一項第二号所定の「配偶者(山田紀夫)から悪意で遺棄されたとき」にあたる。

5(一)  また、山田紀夫は、原告と婚姻後も、原告との婚姻前からの久留米市内のバー「火の鳥」の情婦との間の情交関係を依然として継続し、右家出後も、同女とその行をともにしている。

(二)  これは、前同法条第一項第一号所定の「配偶者(山田紀夫)に不貞な行為があったとき」にあたる。

二1  そして、山田紀夫が右のように原告を悪意で遺棄し、かつ不貞な行為をなしたのは、つぎのとおりの理由によるものであった。

(一)  悪意の遺棄の理由

(1) 被告は、かねて、その妻訴外山田美子以外の女とも継続的な肉体関係を持ち、右美子との間の夫婦仲も悪く、また、山田紀夫との間の親子の仲も円満を欠いていたものであるところ、昭和四二年一二月三一日の夜半、自宅で、その時刻になってやっと同宅を訪れてきた山田紀夫と、あげくの果ては同人が同宅の台所から庖丁まで持ち出すほどの喧嘩をし、その後は、同人との間の親子関係の縁を切るという態度をとり続けた。

(2) また、被告は、昭和四三年一月一一日、山田紀夫をして原告を悪意で遺棄せしめるを意図のもとに、みずから、原告の母訴外森下サトに対し、原告を引き取ってもらいたい旨申し向け、さらに同月一六日、前同意図のもとに自己の兄姉妹をして、右森下サトおよびその夫(原告の父)訴外森下雄二に対し、原告を離婚するから、引き取ってもらいたい旨および手切金は出す旨などを申し向けさせて、原告に対し、山田紀夫との離婚を迫った。

(3) 以上のとおりであって、結局、被告が山田紀夫をして原告を悪意で遺棄せしめたものである。

(二)  不貞な行為の理由

(1) 前記のとおり、被告が、かねてその妻以外の女とも継続的な肉体関係を持ち、妻との間の夫婦仲も悪く、また山田紀夫との間の親子の仲も円満を欠いていたためである。

(2) これは、結局、被告が山田紀夫をして不貞な行為をなさしめたものにほかならない。

2  したがって、前記各離婚原因を形成せしめたものは、いずれも被告であり、それらの離婚原因たる事実がいずれもそのまま被告の不法行為を構成する事実となっているものである。

3(一)  しこうして、被告は、前記のとおり会社代表者であって豪壮な邸宅を構え、相当な資産を有しているのに対し、原告は、京都女子大学短期大学部家政科卒業のものである。

(二)  かかるところ、原告は、被告の前記各所為(山田紀夫との共同不法行為)によってこうむった精神上の打撃は、甚大であって、原告のこの精神的苦痛を慰藉するためには、金三〇〇万円を必要とする。

三、それで、原告は、被告に対し、右慰藉料金三〇〇万円の支払いを求める。

と述べ(た。)証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、本案前の申立てとして、「原告の訴えを却下する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、「原告が離婚訴訟の当事者ではあり得ない被告に対する損害賠償請求の訴えを人事訴訟手続法によらなければならない山田紀夫に対する離婚請求の訴えに併合提起したのは、同法第七条に違反するから、原告の被告に対する訴えは、不適法として却下されるべきである。」と述べ、さらに本案の申立てとして主文と同旨の判決を求め、答弁ならびに主張として、

一1  前記請求の原因一の1ないし3の各事実はいずれも認める。

2  同じく一の4、5の各(一)の事実はいずれも知らない。

二1  同じく二の1(1の(一)の(1)ないし(3)、1の(二)の(1)、(2))の事実は、そのうち、被告の妻の氏名が山田美子であること、ならびに、昭和四二年一二月三一日の夜半被告の自宅で被告と山田紀夫が喧嘩をしたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

2  同じく二の2の主張は争う。

3  同じく二の(3)の(一)、(二)の各事実は、そのうち、被告が原告主張の会社代表者であること、ならびに、原告がその主張の卒業者であることは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

三、被告と山田紀夫との間の前記喧嘩は、被告が、嫁である原告不びんさの余り、嫁に対するしゅうとの立場上、この際山田紀夫をたしなめておいたほうが、原告自身のためにもよいという配慮から紀夫を叱責したことに端を発したものであって、その際、被告としては、原告を悪意で遺棄させる気持など毛頭有してはいなかった。そして、被告の原告に対する態度は、あくまで、息子である山田紀夫につらくはあたっても、嫁である原告の立場や体面を保たせてやりたいという考えのもとに、終始しているのであって、被告としては、ことほどさように原告を可愛く思っていたのである。

四、要するに、原告の被告に対する本件訴えの提起は、原告が憲法第二四条や民法第七五二条などの各規定に思いをいたさなかったことによるものであって、もしそうでないとするならば、それは、その実、原告の両親の被告に対する金員請求を目的とした親対親のものであって、訴権の濫用によるものである。

と述べ(た。)証拠≪省略≫

理由

一、まず、被告の本案前の抗弁について判断する。

被告は、本訴は人事訴訟手続法第七条に違反して併合提起されたものであるから、不適法として却下されるべきであると主張する。しかし、原告の主張するところによると、そのいわんとするところのものは、結局、原告を悪意で遺棄し、かつ不貞な行為をした者は、もとより原告の配偶者である山田紀夫であるが、山田紀夫をしてそのような挙に出でしめた者は、もっぱら被告であって、そのため、原告は、精神上の苦痛をこむったから、右各離婚原因たる事実を原因として、被告に対しても同時に慰藉料の支払いを求めるというのであって、これによると、離婚原因たる事実がそのまま被告に対する慰藉料請求の原因たる事実とされていることが明らかであるところ、これは、人事訴訟手続法第七条二項但書の場合に該当するものと解するのを相当とするから、被告の右の本案前の抗弁は、理由がない。

二、そこで、本案について判断する。

≪証拠省略≫によると、前記請求の原因一の1ないし3、4の(一)の各事実を認めることができ、これらを覆えすに足りる証拠はない。

右各事実によると、原告はその配偶者である山田紀夫から悪意で遺棄されたものと認めるのが相当であって、これは、民法第七七〇条第一項第二号所定の離婚原因にあたることが明らかである。

しかし、前同請求の原因一の5の(一)の事実(原告は、同順位に二個の離婚原因を主張している。)については、≪証拠省略≫をもってしては、いまだこれを認めさせるに足りないし、他に右事実を認めさせるべき証拠はない。

そして、≪証拠省略≫によると、前同請求の原因二の1の(一)の(1)の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。しかし、前同請求の原因二の1の(一)の(2)の事実については、≪証拠省略≫をもってしては、いまだこれを認めさせるに足りないし、他に右事実を認めさせるべき証拠はない。しこうして、右認定の請求の原因二の1の(一)の(1)の事実が存したからといって、これにより、直ちに、被告が山田紀夫をして原告を悪意で遺棄させたものと認めなければならないいわれのないことはいうまでもなく、他に被告が山田紀夫をして原告を悪意で遺棄させたことを認めさせるに足りる証拠はない。

また、被告がかねてその妻訴外山田美子以外の女とも継続的な肉体関係を持ち、右美子との間の夫婦仲も悪く、山田紀夫との間の親子の仲も円満を欠いていたことは、前認定のとおりであるが、山田紀夫が原告主張のような不貞な行為をなしたことを認めさせるに足りる証拠のないことは、前記のとおりであるばかりでなく、仮りに山田紀夫に原告主張のような不貞な行為をなした事実が存したとしても、右認定事実が存したればこそ、すなわち、右認定事実自体がとりもなおさず、被告において山田紀夫をしてそのような不貞の行為をなさしめたことになるものとなすことはとうていできないことはいうまでもなく他に被告が山田紀夫をして不貞な行為をなさしめたことを認めさせるに足りる証拠はない。

そうすると、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく、すでにその前提において、理由がないから、これを棄却すべきである。

三、それで、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原宗朝)

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